そのまま、桜姫はまた眠ってしまった。
…そのままの体勢で。

動けない……。

「…今の桜姫は、私が撫でてあげるより
 優太君が撫でてあげたときの方がずっといい顔するわね。」
「うーん…そうなのかな?」
桜姫の寝顔を見ながらそういった姫咲さんに対し
僕は姫咲さんの方を見ながら答えていた。

母親の顔…。

姫咲さんは…綺麗だ。

「あらあら…。
 そんなに見つめられたら、お母さん困っちゃうわよ?」
悪戯っぽく姫咲さんが言った。
どうやら、ぼんやりと彼女を見つめていたようだ。
「え?い、いや、そうじゃなくて…!」
慌てて弁解する自分が何となく情けなかった。
そんな僕を見て姫咲さんはクスクス笑っていたが、ふと空に目をやって

「結構日が落ちてきたわね。
 そろそろかしら?」
「そろそろ…かな?」
そう、そろそろ「時間」なのだ。
もう毎日の恒例となっている事の。


「ゆーーーーーーーーたーーーーーー!」

ほら来た。
その声に反応して、桜姫が飛び起きる。
「今日も来たわね、バカドリ!」
大大祭が終わっても、僕の両親が戻らず
桜姫、姫咲さんの3人で暮らすことになると決定するや否や

「ふっふっふ。そういう事でしたら、これからも
 わたし達は優太さん宅の露天風呂にご遠慮無くお邪魔出来ると
 いうわけですね。」

と、歌夜が言ったのだった。

おかげで、大大祭が終わってからも
嬉し恥ずかしのお風呂タイムがほぼ毎日続いていて…

「ゆーーたーーっ!
 今日もきたぞーーっ!」
御翼だ。
「こら、バカドリ!
 いっつもいっつもいっつもいっつもいっつもアンタは
 呼んでないし来るなって言ってるでしょー!!」
「へっへ〜んだ!
 ここは優太のウチなんだからな〜。
 家の主人が拒否してないんだからいいんだって
 歌夜は言ってたぞ〜!」
「うー!
 バカドリのクセに生意気に屁理屈こねちゃってー!」
「なんだ、やるのか、バカドラ!」
「がるるるるぅ!!」
「ぴぴぴぴぃ!!」

始まった。
よく飽きないなぁ…。
「しかし…2人とも、よく飽きないわよねぇ。」
僕の隣で、僕と同じ感想を口にした姫咲さん。
はっきり言って日常の一部なので、僕達はもう桜姫達を止めない。

「がるるるるぅ!!」
「ぴぴぴぴぃ!!」

この2人も…姫咲さんも、もう大分神の力は無くしている。
桜姫から耳や尻尾はもう見れることは無くなったし
御翼だって羽を無くし、飛ぶ事は出来ない。

でも、2人にとっては未だに「バカドラ」「バカドリ」なんだから
なんだか笑ってしまう。

「おー、始まってますね〜。」
僕の後から声がした。
振り返ると、声の主は歌夜だった。
「あれ?いつの間に?」
「何を言ってるんですか優太さん。
 玄関からお邪魔させていただきました〜。」
…ああ、玄関開けてたっけ。
じゃあ御翼は塀を飛び越えて来たのか…。

流石は、元がついても「鳥ノ神」
徐々に人間に近付いてもその跳躍力とかは常人離れしている。

そして、苦笑する僕の隣に腰を降ろした歌夜は
「2人とも〜!頑張って下さい〜!
 勝った方は優太さんのハートげっちゅ!ですよ〜!」
…何回聞いたかな、この言葉。

そのたびに…

「お〜!
 バカドラに勝って、ゆーたのハート、げっちゅだぞ〜!」
「うるさいっ!
 優太はわたしのしもべなんだからねっ!!」

はぁ。
見かけは成長しても変わらないなぁ…。

これも、何度思っただろう。

でも、今日の僕は、それに続いて疑問が1つ浮かび上がった。
僕は、立ち上がってエールを送る歌夜を尻目に
姫咲さんにその疑問を素直にぶつけてみた。

「ねぇ、姫咲さん。
 今頃なんだけど、桜姫達って、何でこっちの時間の流れで成長してるの?」

…そう。
「輪の外」に引き上げられた時もあわせると、僕は
3回以上は同じ時間を体験し…。

そのたび、地上に残った3神のうちの1人は
神体玉を返し、もう天上には戻れない
そして地上にいるが故に徐々に神としての力を失う。
そう言う事だった。
何度もこの結果を「憶えていた」僕にとって
この事は当然のように記憶に刷り込まれ、目の前でケンカしている2人が
僕達と同じ時間を共有することも神の力を失うことも
当然だと思ってたのだった。

でも。

「今、小さい…本当に小さい穴で四方山と天上は繋がってる…。
 そして桜姫達は神体玉の力で降りてきたわけだから
 時間の流れはともかく神の力を無くしていくのはおかしいんじゃ?」
「あらあら、優太君。
 今頃気付いたの?」
本当に意外そうに姫咲さんに言われてしまった。
…自分でも鈍いな、とは思うけど…。
「ま、まぁ…。本当、今頃だよね。」
ちょっと引きつっているのが自分でもわかった。
だから一呼吸置いてから、僕は言葉を続けた。
「それに、桜姫達はいわゆる調査隊なわけで…
 神の力が無くなったら帰れないんじゃ?」

「がるるるるぅぅ!」
「ぴぃ!ぴぴぴぴぃぃ!」

庭ではまだ二人がバトルをしている。
よくみるとブライアントも混じっている。

姫咲さんはその方向を向きながら口を開こうと…

した時。

ピンポーン
ピンポーン…

「あら?
 優太君、あとの2人じゃない?」
「だろうね。
 じゃぁこの答え、後で聞かせて。」
「ええ。…お風呂でね。」
クスクス笑う姫咲さん。
何だが凄くドキっとして、恥ずかしい感じがした。
自分の耳まで真っ赤に染まってるのがわかってしまう。
「で、出てくる!」
逃げるように玄関へ駆けて行く僕なのだった。

ピンポーンピンポーンピンポーンピーンポーン

「夏葉!いっつも鳴らし過ぎ!」

そう言いながらドアを開け放つ。
そこには、やはり夏葉。
いつものように、後に静波の姿も。
「えへへ。でも、その方が
 わたしだってすぐわかるでしょ?」
「…そうかもしれないけど。」
夏葉がいつものように身を乗り出すようにして
僕に微笑みかけている。
「こんばんわ、優太君!」
「う、うん…。
 こんばんわ、夏葉。」
そう言った後、僕は夏葉の後にいる静波を見て
「静波も、こんばんわ。」
と言っておいた。
「こんばんわ、優太さん。」
と、返す彼女に大大祭の時のような険しさは感じない。

「それじゃ、早速お風呂にレッツ・ゴー!」
唐突に夏葉が高らかに叫ぶ。
「ええっ!?」
虚を突かれて間の抜けた声を上げた僕。
「ほらほら!
 優太君も行こうよ!!」
「え、ええっ!?
 ちょっと夏葉っ…!」
「あ、待ってください、夏葉様〜!!」

ああ、この瞬間だけが…!
どうせなら女の子達だけで入ってよ〜!

僕が先に入ると乱入され
入っていないと誰かにこのように強制連行されるのがパターン。
正直、男としては嬉しいけど…。

でも、今でも刺激が強いし慣れるものでもないよ〜〜!!


そんな僕の心の叫びは当然いつも届かず…