今日の学校は、皆七夕祭の話題でもちきりだった。
この年で…とか向こうにいたときは思ったような気もするけど
ここは…さすが祭の町四方山。祭があればそれだけで盛り上がるのだ。
生徒が自由に短冊をつるせるようにと、校庭に巨大な笹も用意されている。

だからって、授業はいつも通りなんだけどね。

そして、下校時。
僕はその笹になんとなく願いを吊るしておくことにした。


『これからも皆と楽しい祭が続きますように』


皆とは四方山桃源郷で落ち合うことを約束し
僕は1人、一度家に帰って来た。
話がしたい、そう思ったから。

その人は、今は茶の間でくつろいでいた。
一時の休憩と言ったところかな。

「…姫咲さん。」
「あら?優太君。
 今日は…少し早い?」
「うん…。」
姫咲さんが、観ていたテレビを消した。
「どうかしたの?優太君。」
「うん…。
 今日、四方山桃源郷で七夕祭なんだ。
 姫咲さんも一緒に行こうよ。」
「でも、皆来るんでしょう?
 若い娘に混じって行くのもねぇ。」
「姫咲さんだって十分若いじゃない。見た目は。」
「見た目は、は余計でしょ。」

コツン

軽くこつかれる。
口が滑っちゃったな…気をつけよう。

姫咲さんは縁側に腰を降ろして、僕に語りかけた。
「ねえ、優太君…。
 七夕って、なんだか淋しくない?」
「…え?」
一瞬、姫咲さんの言ってる事がわからなかった。
鮮やかな夕焼け色を帯び始めた空を見上げる姫咲さんの目は
昨日、お風呂で見たそれと同じだった。
「…姫咲さん?」
「1年に一度しか逢えない…。寂しい事だと思うわ。
 それに、何だか私達…私や桜姫達の事みたいで…。」

そうか。
やっと、姫咲さんの想っている事がわかった。

彼女は…織姫と彦星がまるで自分達…天上の神達と地上の人たちのようだと。
大きく隔てられ、60年に一度しか交流を許されなかった事と
七夕の物語は確かに似ているかも…。

それに姫咲さんは、長い間実の娘である桜姫に対し
自分は『死んだ事』にして、物凄く長く感じたであろう時間を過ごした人だ。
逢いたくても逢えない辛さは、凄くわかってるんだ…。

「なんで…七夕は祝うのかな、ってずっと思ってるの…。」
「姫咲さん……。」

どう言おうかな…?
僕がいくつもの言葉を巡らしていると
「お父さん達が帰って来たら、優太君はどうしたいの?」
「え?」
「本当のご両親がお戻りになるなら
 私や桜姫は、一緒には住めないと思うわ。」
「あっ…。
 で、でも、そんなの……!!」
そうだ。
僕は…全然そんな事考えて無かった。
ずっと、3人は一緒だって思ってた…。
お父さん達を説得する?
でも…やっぱり、色々マズイとか言われるだろうな…。
年頃の男女…僕と桜姫…が、1つ屋根の下で暮らすなんて…。

しばらく僕達は黙ってしまっていた。

「優太君。
 これだけは憶えておいて。
 どれだけ楽しい時、瞬間もいつかは過ぎて、終わるわ。
 いつまでも皆が一緒じゃないっていうのだけは…心に留めておいて。」
「姫咲さん…。」

「そう…だね。
 うん…そうなんだ…!」
「……?」
今の姫咲さんの言葉で、僕は逆に吹っ切れた。

「だからこそ、「今」を楽しむんでしょ?姫咲さん。」
「え…?」
「何で七夕を祝うのかって言ったよね。
 簡単だよ。
 1年に1回しか逢えないから、逢える喜びを祝うんだ。」
「……優太君…。」
「お父さん達の事だって…一緒に暮らせないか、聞くから。
 駄目なら、毎日だって姫咲さん達の所、遊びに行くから。」
姫咲さんは、ポカーンとした表情で、僕を見ている。
「だからさ…
 今を楽しむため、祭、行こうよ。
 姫咲さん。」

一呼吸。
僕は…続けた。

「祭は楽しむためのものなんだからねっ!」

わざと、桜姫っぽく。
だって…

あの頃、桜姫に言われて一番印象的な言葉だったから。


少しの間があって、姫咲さんは笑って頷いてくれた。
その目に少しの涙を浮かべながら…。


「優太!母様も!!遅いわよっ!」
四方山桃源郷に到着した僕らをまず出迎えたのは桜姫の怒号。
「ごめんよ桜姫。」
とだけ言ってから
「みんな…今日は思いっきり楽しもう!」
そう言って、一番に駆け出した。
「ああっ!?優太君!」
夏葉の声がした。

とにかく、楽しんだ。みんなで。
桜姫と御翼がケンカを始めたらみんなで応援したり
全員が満腹になってしまうまで食べ歩いたり
歌夜の夜店荒らしをまたみたり。
みんな、凄く笑った。はしゃいだ。

そして、楽しんだ。
ヘトヘトに疲れるまで。

そして今。
僕達は人混みを避け、夜風に当たっている。
「風が気持ちいいね。」
夏葉が嬉しそうに言う。
「本当ですね、夏葉様。」
寄り添うようにして立つ静波。
「本当だね…眺めも、綺麗だ。」
少し遠くに見える、ライトアップされた噴水を見ながら
僕は言った。
「お、優太さん。
 いま、眺めが綺麗だ、とおっしゃいましたか?」
歌夜がこういう言い方するときって…大体…
「美女、美少女よりどりみどりで8人!
 これを眺めが綺麗と言わず何と言う、と
 そう言ったわけですね?」
歌夜の眼鏡が怪しく光る。
「これぞ幸せ!至高の眼福!
 今まさに優太さんは男冥利に…」
「うるさーーーいっ!!!!」
「ひでぶっ!!!!」
勢い良く吹っ飛ぶ歌夜。
「変わらんなー…。」
呆れたような睦美さん。
「だねー。
 って事で、歌夜ちゃんてば、復活っ!」
妙に嬉しそうにわらびーが言うと同時に
もうそこに歌夜の姿。
「ああ、しかし優太さん!
 この国では1夫多妻制は認められてないのです!
 残念ながら、優太さんはこの中から一人だけを…」
「日之宮流!陽炎ーーーっ!!」
「あーーーーーーれーーーーーーーーー……」



さて。
どうしても僕には聞かないといけない事がある。
そのためには、大大祭とは無関係だったわらびーと睦美さんには
ここにいてもらっちゃいけない…。

「わらびー。
 わるいんだけど…みんなの分のジュース買ってきてくれないかな?」
「え?
 うーん、嫌とは言わないけど、どうしようかな…。」
僕はわらびーに近付いて、彼女の耳元で、一言。
「桜姫の写真…あげる。」

次の瞬間、全員に物凄いスピードで注文をとり
睦美さんを引きずって彼方へ消えるわらびーなのだった…。

「なんであたしまで一緒に行くんだーーーーー…!」


睦美さんには悪かった気もするけど、それでも
はっきりと聞いておかないといけない事がある。
さっき、姫咲さんの言葉を聞いて、思った。
今聞かずに『その時』が来て慌てるんじゃ駄目だ。
だから…。

「桜姫、御翼、静波。
 君達3人に、聞きたい事があるんだ。」

3人が一斉に僕を見る。
他のみんなも、何となく僕を見ている。

「君達は、あの群発地震の調査に来たんだよね…。
 いつまで、こっちにいられるの…?」

1年?

2年とか…5年とか?

もっと長い?

それとも…?

僕は3人の言葉を、覚悟を決めて、待った。

「うーーーーーーーん…?
 きーたコト、ないぞーー??」
最初に言ったのは御翼…って

「えええええええっ!?」
聞いたこと無い?どういう事…?
「し、静波…??」
思わず静波に助けを求める。
「えっと…
 た、確かに、わたしも聞いた憶えが…。」
「優太ぁ…。
 わたしも、そんな調査期間なんて聞いてないわ…。」
桜姫までっ!
「ちょ、ちょっと待ってよ!
 普通、それって結構大事な…。」
「そ、それがあの…
 わたしってば、また夏葉様と暮らせるのが嬉しくて…。
 地上に降りれるというだけで…その…っ!」
「静波…。」
夏葉の照れくさそうな声。
…静波は、夏葉が絡むと見境無いところあるもんね……。
「そーーだぞーーっ!
 歌夜に逢えるってのに、そんなつまらないこと
 いちいち聞いてられないぞーーー!」
「あらあら…御翼ってば。」
桜姫の方に視線を送ると
「な、何よ…別にわたしは…。
 その、た、たまたま聞きそびれて…。」
その態度が…全てを物語った。
「うん…そっか。そうだね。」
「軽く流すなぁっ!」

しばらく笑ってた7人。

「でも、おかしいよね?
 普通調査って言うんだったら、一定期間だとか
 定期報告とかさせそうなものだと思うんだけどな。」
夏葉が言う。
「そうですね〜。夏葉の言う通りです。」
歌夜も賛同。
「う〜ん。
 姫咲さん、どう思う?」
「私も、なんとも…。」
みんなで一斉に首を捻った時。

「簡単な事です…。
 所詮、調査は名目に過ぎなかったのですよ。」

声のした方向には…

「羽ちゃん!」
「美津羽様!」
姫咲さんだけが、その名で呼ぶ。
「め、名目だけって、どういう…?」
「そのままです。
 天上の者が、ちょっと穴が開いたからと理由も無しに
 軽々しく降りるわけにはいけませんから。」
「そういう…ものなの?」
夏葉の問い。
羽ちゃんは静かに頷いて
「でも、天上の神々は、桜姫さんたち3人は
 地上で暮らす方が幸せだと判断しました。」
そう続けた。
「そ…それで、適当な『任務』を作って
 地上へ降りるのを許可したと…。
 美津羽様は、そうおっしゃるのですか…?」
「憶測ですが、おそらく正解です。」
羽ちゃんは、にっこりと笑った。
「そ、そんな!
 そりゃ…わたし…優太といれるのは嬉しいけど
 でも…上にだって、おじい様とか…!」
「だから…いつでも帰れる様にしてあるんじゃ…ないのかな…?」
桜姫の言葉に僕はそう答えた。
「でも!
 それでは…わたしたちは。」
「お互いの時間の流れの問題ですね…。」
静波の言葉に、羽ちゃんは今度は目を伏せた。
「それは…仕方が無いかと思います。
 本来、天上の者が人として地上で暮らし、かつ
 自由に天に帰れるケースなど、四方山の歴史に
 存在してないのですから…。」
「そういう…事ですか。」
歌夜がつぶやく。
「じゃあ…ここが決め所ですね…。
 御翼達が、地上での時間を重んじるか、それとも…。」
「歌夜!」
夏葉が遮る。
「……なーんちゃって。
 答えは、決まってますよね〜?」
唐突に、会心の笑顔を見せる歌夜。
「わたしは…何処までも、夏葉様について行きます!」
「ずーーーーっと歌夜が一緒がいいぞ〜!
 それに、地上は面白いしなーーーーっ!!」
「…桜姫は?」
とても優しく、慈愛に満ちた声で、姫咲さんが聞いた。
「わたしもっ…!
 わたしも、優太のそばがいいんだからねっ!」
そう言って、桜姫は僕の胸に飛び込んで来た…。



「美津羽様…。」
「悩んでいたみたいですね。姫咲…。」
「………。」
「…信じても、いいんじゃないでしょうか…。
 あの子達なら、いつまでも
 いつまでも共に歩んで行ってくれる…。
 そんな気がするんです。」
「そう…ですね…。」
「姫咲。」
「はい。」
「…七夕…
 何を、願いますか?」
「あ…。」
「ここは四方山。願いの叶う町…。
 信じましょう…全てを…。」
「……はい…はい……!!」


ふと振り返ると、羽ちゃんと姫咲さんが話をしていた。
何を話しているのかは聞こえなかったけど。

やがて姫咲さんが、涙を流し始めていた。
……でも、どこか嬉しそうだったから…

…僕は、見なかった事にした。

「優太君!
 ジュース買って来たよ〜。」
嬉しそうな足取りでわらびーが戻って来た…

次の瞬間。

「キャーーーーーーーーー!
 あの娘!あの娘!!姫咲さんと一緒にいる娘!!
 かーわーいーいーーーー!」
「な、何ぃ!?」
遅れて戻って来た睦美さんが一瞬引く。
そのままわらびーは羽ちゃんめがけて全力疾走。
あたりに9本の缶ジュースを撒き散らしながら…。

「ゲ・ロ・マ・ブーーーー!!」


こうして、七夕祭は終わりをつげた。
結局最後は羽ちゃんも巻き込んでみんなで大騒ぎ。

でも、凄く、楽しかった。
「ただいまー。」
家の戸を開ける。
「あれ?ゆーた。
 留守番電話、入ってるよ?」
「ん?」
ピ・・
「イッケン デス」
ピー

「あー、優太かな?父さんだ。
 色々あってな、私達はどうやらこのままここに住む事になりそうだ。
 四方山での生活、不自由してないか?
 問題無いなら、優太の自立の意味も含めて、私達は無理にお前を呼ばない。
 でも、何かあったら頼っていいからな。」

メッセージは、ここで終わっていた。
僕達3人は顔を見合わせて…

大笑いしていた。


━━━祭は、まだまだ終わらない。