▼ |
メニューへ 前のページへ 第2話 御嬢様大集合 |
1 ▼ ▲ |
閑静な住宅街の一角に、酷く不釣合いな車が走っていた。車の所有者は暁光一郎。彼は今、助手席に恋人である奏を 後部座席には、たった今駅で乗せてきたみやびとリーダを乗せていた。その後には、殿子と梓乃の姿もあった。奏は暁を 見ていて、みやびは物珍しそうに外の景色を眺めている。そんなみやびを見るリーダの視線は姉のそれそのものだった。 そして殿子はただ目を伏せていた。とは言え、眠っているわけでは無いようだ。梓乃は殿子に寄り添っている。 それぞれが、あまりにもそれぞれ過ぎた。 「…これじゃ、極秘情報も何もあったもんじゃないな?相沢のヤツ、司にかまけすぎて、報道の魂が抜けかけてるんじゃないか?」 そんな中、視線を軽く奏の方に向け、暁が言う。極秘の割に人数が多いからだ。 「そんな事言ったって知らないしらないよ〜!」 「ははは…まぁ、相沢らしいと言えばそうだな」 と、笑う。それを聞いたみやびが怪訝な表情を浮かべる。 「相沢がどうかしたのか?」 「いーや別に…こっちの話ってトコですよ」 「むーー……?」 少し不服そうな表情。しかし、それ以上何か言う事は無かった。それ以上に窓の外の景色が気になって仕方がない様子である。 そんなみやびを見ていたリーダが、暁の方を向き、口を開いた 「暁様…突然こんなお願いをしてしまって…本当に申し訳ございません」 行くと決めたはいいが、そもそも経路その他をどうするかを、みやびは全く考えていなかった。最初はジェットないしはヘリでばびゅーっと 飛んで行けばいいんだとみやびが言ったが、司の実家の近くにそんなものが着陸出来る所は無かった。風祭グループの適当なビルの屋上の ヘリポートでも使ってそこから車で…なんて事も言っていたのだが、今回は極めて私的な理由の外出となる。少なくとも理事会はそう判断する。 その為、それも現実的ではなかった。みやびは押し切る気満々だったが、最終的には避けるべきとの判断をリーダが下した。 結局、普段学院生が使う外出経路に落ち着いた。リーダが連れて行くと言った殿子と梓乃を加えた4人は、学院近く(と言っても徒歩20分だが)の バス停からバスに乗り、駅を目指した。 そして駅に着く直前、そこから東京まで電車を3つ乗り換える、かつ2時間かかると聞かされたみやびが 「や…やってられるかぁぁぁ!!誰か迎えを寄越せーーーーっ!」 と、言い出したのだ。 しかし、これはリーダには十分予想の範囲内。あらかじめ暁に連絡を取っておいたので、4人がバスを降りる頃には既に暁は到着していた。 「こうなる事は、昨日の夜の時点で、予想はしていたよ。 みやび御嬢様とリーダさんだけじゃ、足がないからな」 「そう言ってくださると助かります。しかし、どうして御嬢様がこちらへ向かう事を?」 頭を下げ、そしてその後、もっともな疑問を口にする。暁は軽く、一瞬だけ視線を隣の奏に向け 「俺には、優秀な情報屋がいるんだよ」 と、笑った。そして 「それにしても、結構な人数になったな」 そう言葉を続けた。それに反応して 「この程度でか?」 と、みやびが口を挟む。 「この程度って…今の時点で十分多い多いよぉ」 そう言ったのは奏だ。確かに、この時点で6人。人の家に押しかけるにはあまりな人数である。が、 「何を言っている」 と、みやび。 「たかだか6人も入れない家なんて、存在するとは思えんぞ」 風祭の御嬢様節全開だった。 「みやび…多分、司の家は、そんなに広くない。見たことは無いけど」 「むぅ…暁、そうなのか?」 「さぁね…実は未だに司の実家には行ってない。 ま、未だも何も、俺達もこの数日は忙しかったんでね」 「そうなんですか?」 と、言ったのは、リーダだった。暁達が忙しかった事より、司の家の大きさに関して言ったようだった。どうやらそのあたりの感覚は リーダもみやびに負けず劣らずズレているようだ。いつしか流れる景色をみやびと同じように、不思議そうに眺めていた。 「…それで?」 「御嬢様、それだけではわかりませんよ」 「…それで、あとどれぐらいで着くのだ?」 「奏」 「えっと、ナビによると、あと3時間程みたいです」 と、奏は言った。明らかに慣れていた。 「さ、3時間だとぉぉぉっ!?」 叫ぶみやび。それに対して、静かに 「結構あるね。」 と、言ったのは殿子だった。そして 「梓乃、少し休んだら?」 そう言葉を続けた。梓乃は憔悴気味だった。恐らく車酔いだろう。 「あー…八乙女がいつも以上ににおとなしいなと思ったが、酔ったのか?」 「い、いえ、大丈夫です。少し休んでいれば、着く頃には…」 「無理はするなよ?いつでも休憩はとるからな」 そう言った暁の顔は、教師のそれだった。その横顔を見ながら (これが二人きりのドライブだったらもっとよかったのに…) そう思う奏であった。 |
2 ▼ ▲ |
さて、時間は少し遡り、みやび達を乗せたバスが駅に向かった頃。凰華女学院の方に少し動きがあった。場所は理事長室。掃除をしているメイドが居る。 側室係長の工藤だった。そして━━ 「みやびさんはどうしたんですの?」 「え、えっと…」 工藤が慌てふためく。彼女に問いかけていたのは、寮長であり学院生の代表でもある、三嶋鏡花だった。 「それに、リーダさんの姿も見えませんわね…」 「あの、みやび御嬢様とリーダは、今日は先程お出かけに…」 「お出かけ…と、言う事は、外?」 「はい。何でも、滝沢様のお宅に行かれるそうですが…」 「…は?」 さすがの鏡花も、これは意外な話だった。そもそも理事長であるみやびが仕事をほったらかして外に出たばかりか、あのリーダまでもが 一緒に行っている。普段の彼女であれば間違いなく止めるはずである。 にもかかわらず、あえて共に外出するというのは、何かがあるのか。 そもそも、何故行き先が司の自宅なのか。 「あの…三嶋様?」 呼びかけられ、はっとなる。 「あ、ご、ごめんなさい…少し考え込んでしまったようですわ」 「あ、いえ。お邪魔してしまいましたか?」 「そういうわけではありませんわ。ところで、目的等は聞いていらっしゃるかしら?」 「そうですね…とくには、何も」 「そう…」 理事長室を出て、さて、どうしたものか…そんな事を鏡花は思っていた。短期間の間に講師が3名抜けた事に関しては、彼女にとっても問題だったからだ。 特に坂水にいたっては、到底許せるようなものではなかっただけに、十分に信頼出来る講師が欲しい。そのあたりの事を理事長であるみやびがどう考えているのか またどうするつもりなのかを確認したかったのだ。 本来人事部に持っていけばいい話なのだろうが、やはり坂水の件から若干の不信があるのは否めなかった。それに、人事部の人員は、いわゆる 反理事長派が殆どだと聞いた事もあった。事実確認は出来ていないが、不信を後押しする材料にはなってしまっていた。 それに、かつては反目しあっていた鏡花とみやびだが、ある機を境に徐々には歩み寄れている。それを無駄にしたくなかった。 (そう…相沢さんの為にも…わたくしとリーダさんでみやびさんを支えませんと…) と、鏡花は思った。美綺が居なければ、本校組と分校組みは今でも精神的な壁を作っていただろう。みやびと鏡花も、今でも対立を続けていたに違いない。 それに、如何に人事部というものがあるにせよ、最終的な採用決定権は理事長代理であるみやびに一任される。 (とは言え…みやびさんの独断で決定してしまうのも、また人事部はいい顔をしないのでしょうけど…) 知らず知らずの内に溜息が出た。そして、ふと気がついた。これぐらいの事はみやび…はともかく、リーダならわかっているはずでは無いのか。 そして、その上で、二人で司の家に向かったと言う。 「……まさか、みやびさん!?」 ピンと来た。そして、彼女の考えはほぼ当たっていた。 「〜〜! 本っ当に無茶苦茶ですわ!リーダさんも止めればいいのに…っ!」 鏡花には確信があった。みやびが司を連れ戻す気だと。 すぐに後を追って連れ戻さないといけない、そうしないと司や美綺、果てはその家族にまで多大な迷惑がかかると思った。 みやびの性格は十分わかっているし、如何にリーダがついてるとは言っても、最終的には、彼女はみやびに甘い。 (それならば最初から辞職を引き止めればよろしかったんですわ…!) と、思った。そしてその足で職員室に向かって駆け出した…が、すぐに足を止め 「いけませんわ…廊下を走るなんて。 少し落ち着いたほうがよさそうですわね」 その場で深呼吸。そして職員室へと向かい、歩き出した。このあたりは鏡花らしいと言える一面だった。 「失礼いたします」 規律正しい姿勢と挨拶。一人しか居ない職員室に鏡花の声が響くと、空気が引き締まった感じがした。 「三嶋君か。どうしたんだい?まだ春休みだと言うのに。」 仕事が一段落したのか、その教師は紅茶を淹れている所だった。坂水の後任として生活指導主任に当たることになった長谷川だった。 「君もどうだい?」 穏やかな笑みを浮かべ、そう言った。 「えっと…そうですわね、いただきますわ。長谷川先生」 ちょっと面食らった様子ではあったが、素直に長谷川の申し出を受ける鏡花。程なくして、上品な香りがあたりを包み、カップが差し出された。 そのカップはかつて長谷川本人が使っていた机に置かれていた。 「正直、ここに座るのはあまり気分がよくないねぇ…仕方ないとは言え、ね」 以前は坂水が座っていた椅子に腰を掛けると、長谷川は苦笑するのだった。 「それで、職員室に何の御用かな?」 「あの…外出許可を、いただけないでしょうか?」 「じゃあ願書を用意しようか。今の内に聞いておくけど、期間は?」 「あの…出来れば、今からというわけには…やはり無理でしょうか?」 ほう…とでも言いそうな、驚いた顔を長谷川はした。 「三嶋君なら知ってる事だろうけど…本来外出は事前の願書の提出が必須だよ?」 「…はい」 少々声が沈んでいた。長谷川は一瞬困ったような顔をしたが、すぐに笑顔になった。 「ま、三嶋君が滅多な事をするとは思えないし…特別に許可するよ。それに目的は理事長達との合流だろう? 滝沢君を連れ戻すような事を言っていたしね」 「やっぱりそうですか。でもどうして私がみやびさんを追うと?」 「このタイミングだしね。ちょっと考えればわかる事だよ。 君程の優秀な生徒が無意味に規則に抵触するとは思えないしね」 「で、でも、長谷川先生…」 「それに理事長もリーダさんも外出してるし、加えて今朝方も二人程今日の外出許可を出したばかりでね。 ま、その二人は理事長達…というかリーダさんがどうしてもって言うんで特別に許可したんだけど」 「でも、わたくしは、保護者となって頂ける方もいらっしゃいませんし…」 「気にしない気にしない」 と、笑う長谷川を見て、鏡花は少し考え、迷った。しかし、 「わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます」 と、言った。 「ん、後は適当に処理しておくから、門のところまで送るよ」 「……ありがとうございます。長谷川先生」 よいしょ、と声を出し立ち上がる長谷川。そして 「じゃ、出かけるとしますか。春休みに入ったとは言え外出日じゃないからね。私が門を開けないと。 帰りは理事長と一緒って事でいいんだね?」 「はい、そのように」 そう言う鏡花だが、長谷川と話していて落ち着いてきたのか、やはり規則を違反する行為、それに教師を加担させる事に抵抗を感じるのか その表情に迷いが産まれはじめていた。そして 「あの…検査などは、どうなされるのですか?」 と、聞いた。長谷川は一瞬面食らった様子を見せた後、軽く首を振った。 「今回は特例だし、あまり気にしなくていいよ。いざと言う時の責任の所在は私にある。 たまには君も思うがままに行動してみたらどうかね?荷物や金銭も、好きなように持ち出したまえ」 鏡花の様子を見て、長谷川は優しく諭すのだった。そして 「それに、今はあの坂水のハゲも居ない事だし、気楽に行っていいんじゃないかな?」 思わぬ言葉に、一瞬吹き出した。教師としてあるまじき発言ですわ…そう言う鏡花だったが、その表情は笑っていた。 穏やかな笑みだった。 |
3 ▼ ▲ |
都内某所。 滝沢司の自宅…の、自室。 「さて…どうしようかなあ」 司は、山と積まれた荷物を前に考え込んでいた。学院の寮に居た頃はそんなに多く無いと思っていた、学院から送った品々だった。とは言え 確かに寮の部屋に比べれば、この司の自室は狭い。しかし、それでもこの物量は異常だと言うのが正直なところだった。 (僕の荷物こんなにあったっけなあ…) 普通に考えればおかしな話だ。最初学院についた時は、何一つ無い状態だった。後に送ってもらった荷物も必要最低限だった。そして学院で 過ごした約一年、これと言った買い物なんてしていない…むしろ出来なかったはずなのだ。 「そうだよ、明らかにこれおかしいって!」 思わず一人で叫ぶ。それとほぼ同時に、携帯電話の着信音が鳴り響いた。 相手は、美綺だった。 「…もしもし?」 「はろはろーセンセ!今何してるっ?」 「あれ、妙にテンション高いね?」 「うん!今ね、すみすみが遊びに来てるんだ! それで、センセがヒマだったらこっちにこないかにゃーなんてねっ」 「あー…」 その誘いは、司にとって非常に嬉しかった。行けるものならすぐに…という想いが頭をよぎったが、目に部屋の惨状が目に入ってしまった。 「ん?司ちん、どうしたのかにゃぁ?」 「うーん…部屋がね。今日の朝学院から荷物が届いたんだけど、変に多くてさ。 どうしようかな、って思ってたところ」 「そっかー、届いたんだ。そうだよね、荷物多いよね」 ちょっと含みのある物言いだった。司はそれに気付き 「美綺…もしかして、と思うんだけど…」 「にゃははっ、ひょっとしてバレたかな?」 「ちょっと!何してんのーっ!」 そう。美綺がこっそりとメイド部隊に頼み、彼女の荷物は全て司の元へと送られてたのだ。 「なんでそういう事するかなぁ…」 「だってほら、そんなに遠くない将来には…ね?」 えへへっ、と嬉しそうに笑う美綺。そこには悪気も屈託も無い。 そんな彼女に司もすっかり毒気を抜かれる。いつもの事だ…とも思う。振り回されるのには慣れた。そしてそれが楽しいのも事実だった。 「近い将来の話はともかく…」 「あ、ごまかしたー!」 「なんとでも言いなさい。 とにかく、さすがにコレは何とかしないと、寝るだけで精一杯の部屋になっちゃうから 今日はそっちには行けないかな」 心の中で『まだお父さんがちょっと怖いし』と呟いたが声にする事はなかった。 「むー」 明らかな不満声。 「そもそも美綺のせいでもあるんだから」 「言われてみれば、そっかー」 うんうん、と納得する美綺。それに一瞬安堵したが、それが甘かった。 「じゃ、片付けの手伝いに行くね!」 「ええっ!?」 「うわ!ええっですってこの人! アタシが行くのはそんなに不満?」 「いや、そうじゃないんだけど、仁礼が来てるんだろ?それに、美綺は逆に散らかしそうだ」 思わず漏れた本音。文句を言うかと思ったが、反して美綺は 「あー…それはそうかも」 と、答えた。そして 「でも大丈夫!すみすみも一緒に連れて行くから!片付けなんかお任せだよ!」 《お姉様!自分の事を人に押し付けないでください!》 電話の向こうで栖香が抗議していた。 「ふう…もう好きにして」 脱力しきった司には、そう言うのが精一杯だった。 一時間もしない内に、二人はやってきた。 10箱を越える荷物の内、未開封の8箱を睨みつけていた司を呼んだのは、母親だった。 「司ー!美綺さん来てるわよー!」 「はいはいー!」 司が二人を出迎えに玄関へ行った時、ちょうど栖香が母に挨拶しているところだった。 「仁礼栖香と申します。凰華に在学中は滝沢先生に本当にお世話になりました。 あと、姓は違いますが、相沢美綺の妹でもあります。どうぞよろしくお願いいたします」 学院に居た頃と何ら変わる事の無い礼儀正しさと美しさ。 仁礼栖香という少女には、そう言った事が体の芯まで染み付いているのだろう。 「そんなに固くならなくてもいいわよ。ようこそ、滝沢家へ」 司の部屋に集まった3人。司の母親が茶菓子をだしたので、片付けの前にとりあえず一息つく事になった。 お茶受けは極めて普通のものだが、紅茶はいい香りがする。美綺がAIZAWAの御嬢様だと知った母が奮発して 高級な物を用意したのかもしれない…そんな事を司は考えていた。 「はむはむ…うーんセンセ!このお菓子おいしいねぇ」 「あのねぇ…仮にも御嬢様と言われる身なんだから、そんなにがっつかないの」 「そうです。以前からの事ですが、お姉さまにはそのあたりの慎みと言いますか、そう言うのがですね…」 「以前からの事なんだから、今更どうにもならないっしょ?」 満面の笑顔で言ってのけ、紅茶に口をつける美綺。 その様子を見て、司と栖香の二人は 「やれやれ…」 と、溜息をつくしかなかった。 (でも、これが美綺なんだよな…僕の) ふと、司はそんな事を思った。 やがてお茶菓子がなくなった頃。 「そうそう、さっきは驚いちゃったよ」 と、美綺が言った。ことさら大げさに体中を使って驚きを表現していた。 「何をそんなに驚いてるんだ?」 「だって、すみすみが自分からアタシの妹である事を強調してくれたのなんて初めてだよー」 「あー、そういえば」 当の栖香はその話題になった途端に、顔を赤らめて司達から視線を外してしまった。 「い、いえ、あれはその…別に深い意味は全く無く」 「意味なんて無くても嬉しいよっ! すみすみと姉妹だって言う事に、胸張っていたいもん! …だって、せっかくやっと逢えた、たった一人の妹だもん」 「お姉様…」 嬉しかった。この場に居る3人が、全員喜んでいた。 美綺は栖香との姉妹の絆に。 栖香は姉が自分を必要としている事に。 そして司は、そんな二人に。 「それじゃ、姉妹の絆が再確認出来たところで、こいつらをパパーッと片付けようか!」 と、司は言って、勢いよく立ち上がった。が 「おっけー!じゃぁセンセにすみすみ!後は任せた!」 「お姉様!!」 「美綺!!!」 司の部屋の片付けは、実に前途多難であった。 |
4 ▼ ▲ |
「これってどういう事どういう事〜!?」 「偶然にしては出来過ぎ…でも、それでも偶然なんだから、仕方ないと思う」 「殿ちゃん…そんな風に言ったら、話終わっちゃうよ…」 「そんな事よりなんだこの部屋は!労働者!!お前の家は犬小屋か!!」 「御嬢様…どのようなお宅であろうと、そのような暴言は謹んでください」 「はぁ…なんですか、このかしましさは…お姉様の企みではないでしょうね?」 「残念ながら違うよ〜。みやびーが来るのだけは聞いてたけどね」 「…僕は聞いてなかったよ…」 その日の夜、再び司の部屋。いつの間にやら大集合である。 まず、片付けを始めようかと思った矢先に、暁光一郎以下合計6名が到着した。何も知らなかった司と栖香は突然の展開に驚きを隠せず 美綺も、みやびとリーダが来ると言う話は聞いていたが、他の面子に関しては予想外だった。司の母にしても、一度に御嬢様が大挙して 押し寄せたが故に(一人男も居るが)さすがにパニックになっていた。そんな状況だったのでとりあえず全員司の部屋に入る事になったのだが 「センセ…部屋、狭いよ」 と、美綺の一言で、やむを得ず全員で片付けをする事態に。そうして、先程の喧騒へと繋がって行くのである。 「やれやれ…女三人寄ればかしましい、って言葉があるが…三人どころか七人とは、大判振る舞いだな」 「暁先生…かしましいのは、お姉様だけだと思いますが」 「あーっ!すみすみ酷いや。お姉様は傷付いちゃうぞ!」 そんな光景。そんなやり取り。頬を膨らせる美綺と、笑う周囲。そして 「そんな事より滝沢司!」 笑いを吹き飛ばすみやびの怒号。 「お前!よくもあたしの仕事増やして、こんなところでのうのうとっ!」 無い…もとい小さい胸をこれでもかと言うぐらいに張り、ビシッと擬音がしそうな勢いで、司を指差す。 「御嬢様…それより今は、司様のお荷物を片付けるべきではないかと」 「みやび。話が飛びすぎてる。それに、幾らなんでも失礼」 あっさり話の腰を折ったのはリーダと殿子だった。 「う…だ、だが、何であたしがこんな労働者の荷物を…」 「御嬢様、これだけの人が居るのです。協調性が無いと言うのは、人の上に立つ者として感心出来ません」 リーダはそう言うが、司は (一応みんなお客さんなんだし、しかも名だたる御嬢様達に、そんな事はさせられない…) と、思っていた。しかし、よくよく考えれば荷物の大半が美綺の物である。となれば、女性用のアレやらコレやらが出てくる事になるだろう。 元生徒で、少女達とは言え、女性に混ざって女性の荷物に触るというのは色々な意味で自殺行為では無いか。しかも、その『元生徒』の『少女』と 司は付き合っているのである。一緒に片付けるとは言えなくなっていた。 それに、リーダである。彼女は何故か山と積まれた荷物を前に目を輝かせているのだ。 「リーダ…妙に、嬉しそうだな?」 と、みやびが言った。 「メイドの血がさわ…あ、い、いえ、何でも御座いません」 (メイドの血…?) リーダの妙な一面を見た気が全員していた。 それから程なくして、リーダの指示の元、全員一丸で片付けが始まっていた。とは言うものの、全体の8割は美綺の荷物であり、しかも司の私物は 物量が少ない事もあってあっさり片付いてしまった事から、男二人はつまみ出される格好になっていた。今はリビングでテレビでも見ているだろう。 「いや〜、みんな悪いねぇ、アタシの荷物なのにねっ」 「そう言うのでしたら、もう少しお姉様も動いてください!一番仕事をしていませんよ!」 「美綺は仕事さぼりすぎさぼりすぎだよぉ!」 「いや、ホラ、アタシってそういうの、苦手じゃない?」 「…寮ではお姉様の部屋は割と整頓されていたように思いますが」 「あ〜、それはね?やる時はやるけど、やらないときはやらないからだよ」 「理由になってないなってない!言ってる事おかしいよおかしいよ!」 「いつもちゃんとしてください!」 美綺と栖香、奏のやり取り。あまりにも見慣れたもの過ぎて、周囲は笑っていた。みやびでさえ毒気を抜かれた様子で、溜息をつきつつ、何に使うのか よくわからないような物体の片付けに取り組んでいた。そんな中、凰華ジャーナルの写しや、それに関する資料の仕分けと片付けを任された梓乃が 「あっ!」 と、声を上げた。 「梓乃、どうかした?」 「あ、なんでもないの。ただ…」 梓乃が持っていたもの…分厚い写真集のような書籍。 表題には『凰華要塞資料集』の文字が躍っていた。 「ふふ、やっぱり、持ってきたんだね」 「あったりまえだい!これは、アタシの宝物だよ!」 殿子の言葉に答えた美綺は、本当に嬉しそうだった。そして、いつしか全員が、それを開いて見ていた。みやびは 「ふ、ふん…そんなの、ここに居る全員が、持っているものじゃないか」 なんて事を言っていたが、結局はその輪に加わるのだった。そして、その言葉を受け、美綺が全員の顔を見渡す。 「…あと、ゆうちゃんとみっちーと通販さんがいればねぇ。主要メンバーは揃ったんだけど」 少しだけ寂しそうに、美綺が言った。 「私やみやび御嬢様は参加していたわけではありませんが…楽しかったのでしょうね」 リーダも、少ししんみりとした様子だった。 「また、集まりたいね。36人全員は無理でも」 「わたくしも…そう思います」 殿子が言った。梓乃が言った。 「卒院してからせいぜい一週間程度で、何を言ってるんだお前たちは!」 そう言うみやびも、普段ほどの勢いは無かった。そうして、ほぼ全員が押し黙ってしまった。が、少しして 「よぉぉぉしっ!」 と、美綺が叫び、静寂は打ち破られた。 「お姉様…急に、どうされたのですか?」 「心臓に悪いよ悪過ぎだよ…」 「ありゃりゃ、驚かせちゃった?ゴメンねーかなっぺ」 「ううん、みさきちが唐突なのはいつもの事だから気にしない気にしてないよ。でもかなっぺって呼ぶな」 ばれたか、と言わんばかりの美綺。そんな彼女を見ながら 「それで…今度は何を思いついたの?」 と、殿子が言った。それに対し美綺は、よくぞ聞いてくれました、とでも言いたげな顔をした。 「調査団の主メンバーが学院外でほぼ揃ったとなれば、このメンバーで旅行の一つもしてみたくなるってもんじゃないかにゃ!? アタシは旧凰華半島要塞調査団団長として、このメンバーでの修学旅行を提案するよっっ!!それみたいなものでもいいからさっ! 先生だって二人もいるしねっ!」 その表情と言葉には勢いがあった。しかし 「お姉様…あまり無茶な事を言わないでください」 「あたしはそんな事の為にわざわざ足を運んだ訳じゃないぞ!」 と、即座に栖香とみやびから異論が出た。 「えー」 口を尖らす美綺。しかし、意外な方向から援護射撃があった。 「わたしは…そういうの、良いと思う」 「わ、わたくしは…殿ちゃんが、一緒なら」 殿子と、梓乃だった。 「えへへっ、そうだよね!じゃ、かなっぺは?」 「こういう時みさきちに何言っても無駄なのは知ってる知ってるよ…だけどかなっぺって呼ぶな」 「じゃ、奏は賛成だねっ」 「もうそれでいいよ…」 呆れる奏。だが、こういった事は彼女にとっては慣れっこである。それに奏自身、美綺の提案を断る気は初めから無かった。 「というわけで…すみすみっ」 「な、なんですか…」 「言うほど無茶な事って訳じゃ無いみたいだよっ」 「はぁ…全く…。わかりました。皆様が異論無いとおっしゃるのでしたら、私も同行いたします」 「やったぁ!それでこそ、わが妹っ!!」 「どうしていちいち抱きつくんですかっ!」 そんな美綺と栖香のやり取りを、みやびは複雑そうな表情で見ていた。修学旅行、というものがどう言う事か、測りかねている感じだった。 「御嬢様。ここはひとつ」 みやびに、そっとリーダが声を掛ける。もしかしたらリーダも、心動かされていたのかもしれない。その瞳には楽しさと、ある種の期待が満ちていた。 「だ、だがなぁ!栄えある凰華女学院の生徒が!…いや、もうそうじゃないのも居るが、とにかく、そんな庶民の遊びみたいな旅行に興じるなんて!」 言葉に反して、勢いはさほど無かった。表情は、明らかに迷っていた。『理事長』と『みやび』が葛藤していた。 「みやび。司に無理言おうとしてるのなら、将来の奥さんの言うことは無下にできない」 殿子が笑っていた。 「え、えっと、ひ、人は多い方がっ!きっと楽しいとっ!!」 梓乃の言葉を聞いて殿子が微笑んでいた。成長したね。殿子の瞳がそう言っていた。 「えっとえっと、わかってるわかってるんです!美綺はいつも突拍子も無くて周りの人の事なんて考えて無さそうで、でもでも実はすっごく考えてて、だから だから私はそんな美綺が大好きでだから美綺をがっかりさせてほしくないんです!」 奏は必死だった。 「ここに来てしまった、貴女の負け…かもしれませんね」 栖香が微笑んでいた。その言葉はみやびへのものだったのか、自分へのものだったのか。 少しだけ間が開いた。だが、本当に少しだった。5秒に満たない時間で、その葛藤は 「…あーもう、わかったわかった!お前達!あたしとリーダも同行する!!」 みやび、が勝った。そして、不思議と心が暖かかった。嬉しかった。だからみやびは照れ臭さと恥ずかしさで12個の瞳から体ごと逃げた。 「ほんとにっ!?やったねっ!!みやびー大好きっ!」 そう言う美綺の顔は、とても輝いていた。 ...to be continued 続きは、「麗しの分校の日々」添付のCD−ROMでご覧くださいw 前のページへ メニューへ |
▲ |