文:みず色
        

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━━━━どこに?


━━━━輝かしい未来にっ!




〜お嬢様の庶民旅行〜 前編

第1話  それ行け無鉄砲理事長


   1       


一つの季節が終わり、新たに季節が始まる。

時はめぐり、季節もめぐり、そして同じ季節を
そして二度と無い時を、人は駆け抜ける。

新しい春の訪れは、それと共に
出会いと別れを意味するものであった。

-凰華女学院 卒院式-
つい一週間前に、この凰華女学院で行われた行事だった。

卒院する生徒、及び学院を出る講師
それぞれの手続きを経て、そして、空白の時期。

「う〜〜〜〜っ!」
 学院の理事長室に、突如唸り声が響いた。
 体躯に不釣合いな机と格闘するかのように、理事長代理-風祭みやび-は
山と積まれた書類をめくっては投げ、めくっては投げとしていた。
「どうされたのですか、御嬢様?」
 そんな様子を見て、理事長室の本棚を掃除していたリーダが声をかける。
「どうもこうもあったものか!」
 うがーーーっ!!とでも咆えそうな勢いでみやびが叫ぶ。
「どいつもこいつも!どいつもこいつもどいつもこいつも!
 あたしはハンコマシーンじゃないんだっっっ!!」
 はぁ、とリーダは軽く溜息をついた。
 それもそのはず、みやびは昨日も同じ事を言っていたのである。
 状況もほぼ同じ…ただし、机に積まれた書類はおよそ倍の数になってはいるが。
「そう言われましても…やはり職員の方が
 一度に3人も抜けてしまったわけですし…」
「そうだ!それが一番問題なんだ!
 まったく、そのせいでどれだけあたしの仕事が増えたと思っているんだ!
 あいつら結託して嫌がらせしてるんじゃないだろうなっっ!」
「そういうわけではありませんが…」
 どう言ったものか…リーダは悩んでしまった。
 彼女としても、今の状況をどうしようかと考えているからである。
(困りましたわね…。)
 意味のわからない奇声と唸り声を上げつつ書類をひっくり返し続ける
みやびを見ながら、また、重い溜息をつくのであった。

 生徒数名の卒院に合わせ、講師が2人、凰華女学院を去っていった。
暁光一郎、そして滝沢司の両名である。
 また、その少し前に生活指導主任でもあった坂水講師が不祥事により永久追放となっている。
それらの事後処理と、新たな講師の選定、採用等の雑務にみやびは追われっぱなしなのだ。無論他の仕事が減るわけではない。
かと言って人事部に任せていたらまた坂水のようなのが出ないとも限らない。そう言ってしまったが故に余計な仕事を
抱え込んでしまったとも言えるだろう。

「…滝沢 司」
と、みやびが言った。
「…司様が、どうかされたのですか?」
「滝沢司だっ!
 あたしが一番許せないのは、あいつなんだっっ!!」
 力一杯に机を叩くみやび。
 山と積まれた書類はたちまち散乱する。
「あいつは…あいつは、何なんだ!何でたった1年で辞めて行くんだ!
 労働者のくせに!何も持たない庶民のくせにっ!何がそんなに不満なんだっっ!!」
「司様は、別に不満でお辞めになられたわけでは…」
「知っているっっ!!」
 とうとう、プッツンきたらしい。
「リーダ!」
「は、はい!!」
「こうなったら、あたしは、滝沢司の所に行くぞ!!」
「……は!?」
 珍しくリーダの表情に焦りが見えた。
 さすがに、あまりに唐突で、無茶な話だった。
「お、御嬢様…少し落ち着いて…。
 第一、行ってどうするというのですか?」
「連れ戻すっ!」
「無理だと思いますが…」
「何故だ!!!」
「司様はご自身の意思でお辞めになられましたし…それに
 正直なところ、今の司様には凰華女学院よりも相沢様の方が大事なのではと…」
 際限なくヒートアップして行くみやびに対して、リーダはあくまでも冷静さを失わず、言葉を
選びながら何とか説得しようと試みている。
「それに、そんなに辞めたいなら辞めろ!と、御嬢様が仰ったのですよ?」
 そうは言いつつも、その反面、心の内ではわかっていた。
 それぐらいで納得するような御嬢様ではないのだ…と。
 あの時だって、感情任せに言ってしまったに過ぎない。
「…それはそれだ。それに相沢の為に辞めたと言うなら、相沢も連れ戻せばいい」
 予想通りの答えだった。
 重い溜息をつき、頭を抱えそうになりつつも、それらを押し殺して
「わかりました…」
 と、リーダは言った。
「うむ、それでいい!!」
「ただし…」
 打って変わって満面の笑みを浮かべるみやびに、リーダが厳しい表情になる。
「連れ戻しに行くのではなく、説得しに行く、と言う事でしたら、よろしいかと思います。
 駄目であった場合は、素直に諦めていただきます」
「む…し、しかしだな…。」
「あ・き・ら・め・て・く・だ・さ・い・ね・?」
「……!!」
 周囲の温度が2〜3℃下がったかのような感覚 あるいは錯覚。
 笑顔の下から覗く静かな怒りが空気とみやびを震わせる。
「…よろしいですね?御嬢様?」
「………は、はひ…」
「…では、そのように」

 何となくではあるが、リーダは、みやびの中に別の感情を見ていた。おそらくだが彼女は、もう一度
滝沢司に逢いたいと思っているのでは無いだろうか…と。
 もちろん、そんな事をみやびが認めるとは思えないのだけれど。
(本当に…手のかかる御嬢様です。)
 と、思いつつも、その表情はどこか嬉しそうでもあった。


 こうして、凰華女学院理事長(代理)風祭みやびと、学院メイド部隊長兼理事長代理お目付け役
リーリア・イリーニチナ・メジューエワ…通称リーダの2名は滝沢司の実家へと向かう事になったのだった…。



   2       


 その夜。
「ふふ…リーダさんも、大変だね」
「そうかもしれませんね。しかし、今に始まった事でもありませんから」
 と、リーダは苦笑する。それは女子寮、本校組の一室…鷹月殿子の部屋での会話。
「それで…リーダさんは、どう思っているの?」
「どう…と、申されますと?」
「行った所でどうにかなるって思ってるのかな、って言う意味」
 答えはわかっている、そんな含みを持たせつつ、笑顔で殿子は言った。
「正直、現状の問題に対しては、何かになるとは思っておりません」
 と、リーダは苦笑した。
「それでも、みやびを司のところに連れて行く事に関しては?」
「そうですね…御嬢様の気晴らしになれば、と思った…と言う所でしょうか」
「……甘やかしお姉ちゃん、だね」
「そ、そうでしょう…か?」
「うん、そう。みやび、司に逢いたいんじゃないかって思ったんでしょう?」
 うっすらと笑顔を浮かべる殿子。苦笑が耐えないリーダ。
 少しの間を置き、二人はほぼ同時に笑い出した。
「それで…殿子様。もしよろしければ、と思うのですが」
 リーダは彼女を『殿子様』と呼んだ。それは彼女が鷹月の姓を嫌うが故に。
「そうだね…リーダさんの言いたい事はわかってる。
 わたしも一緒に行った方が、いいんだよね?」
「あら…何も言ってませんのに…」
「なんとなく、そう思っただけ。でも、どうしてわざわざ?」
「司様も、相沢様も、もう学院の方ではありませんから。
 御嬢様は、正直、そのあたりの事を考えない発言をされる可能性が高いかと」
 姉、の表情で、リーダはそう言った。そんな彼女を見て、殿子は、リーダにとってみやびが大切な存在なんだと思った。
「つまり、暴走するみやびを一緒に止めて欲しい、って事で、いい?」
「そう言う事です…あの、お願いしても、よろしいでしょうか?」
 真面目な顔になり、リーダは言った。それに対して殿子は
「うん。それに、わたしも司や美綺に逢いたいし…久しぶりって程じゃないんだけど」
 と、答えた。
「それで…いつからいつまで?」
「明日の朝には出ようと思います…いつまでかは、御嬢様次第で」
 困ったような表情で、リーダは答えた。
 殿子も困ったような表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。



「梓乃…居る?まだ起きてる?」
 リーダが部屋を出た直後。
 殿子はその足で、八乙女梓乃の部屋へと向かったのだった。
「…殿ちゃん?」
「うん。今いい?」
「あ、ちょっと待って…」
 中から足音が響き、すぐに扉の鍵が開けられる音がする。
 間もなく扉が開かれ、梓乃が顔を出し、殿子を招き入れる。
「こんな時間に、どうしたの?」
 と、言いながら。
 時計の針は、午後9時になっていた。

「じゃ、じゃあ殿ちゃん、居なくなっちゃうの!?」
 殿子の話を聞いて、梓乃は開口一番そう言った。
 話とは、当然、明日からの事だ。
「別に居なくなりはしないけど…それに、みやびも理事長の仕事あるから。
 そんなに長居は出来ないと思う」
「で、でもっ!殿ちゃん居なかったら、わたし…」
「ん…えっと、梓乃。
 ひょっとして、置いて行くとか思ってる?」
「え…?」
「よかったら一緒に行かない?って言いに来たつもり。
 でも、どうするかは、梓乃に任せる」
 と、言って、殿子はやわらかい笑みを浮かべた。梓乃は少しだけ考える仕草を見せた。
普段の梓乃なら、殿子の誘いなら迷わずだったろうが、学院の外に出ることに対して、少しだけ
不安…もしくは恐怖を感じたのかもしれない。しかし
「と、殿ちゃんが行くなら…わたしも…」
 そう、答えた。
(…ま、みやびがどう言うかは、ともかく…ね)
 そんな事を殿子は思った。しかし、すぐにさしたる問題では無いと思い、言葉にも顔にも出しはしなかった。



   3       



 とあるマンションの一室。立地としては都内に当たるが、場所的には都心と言うには少々離れている場所。そこに彼は住んでいた。
つい一週間まで凰華女学院で教鞭を振っていた男性教師、暁光一郎、その人だ。
 その部屋で暁は上原奏と一緒に生活していた。奏の、たっての願いだった。暁は最初戸惑ったし、奏の親の意見も…と思っていた。
しかし、卒院式のあった日の夜。奏を実家に送り届けた暁に会った奏の母、唱は娘の懇願に、開口一番
「じゃぁ暁先生、うちの奏をたのんますわ」
 と、サラリと言ってのけたのだった。どこまでも娘に似ていない、豪傑な母だった。
 そして2日程を使い、部屋を手配し、引越しをして、今日から同居が始まっていた。
(やれやれ…思ったよりは展開早いし、結婚までは清い関係を守ると約束した憶えもあるが…大丈夫かね)
 などと思いながら、風呂上がりの髪を拭き、ソファに腰を下ろす。
 そして、部屋を見渡し
(にしても、この部屋自体は何だかんだで贅沢だがな…司が見たら何と言うやら)
 そんな事に思いを馳せるのだった。
 そこに
「光一郎さん!」
 と、彼を現実に呼び戻す声。
「美綺から電話電話〜!」
「ん?相沢から…俺にか?」
「うん、ちょっと変わって欲しいって」
 そう言いながら、自分の携帯を暁に手渡す。
 はて…?と思った。電話の向こうの彼女…相沢美綺は、奏の親友。そして一週間前までの同僚、司の恋人。奏もしくは司を間に挟んでの付き合いが
暁にとっては普通だったので、直接電話で話すのには多少の違和感を感じる。が、
「ん、電話、代わったぞ。司の心の恋人暁光一郎だが」
 などとのたまうあたりは、さすがである。
「何言ってるかなー」
 問答無用で一蹴する。
「司センセの恋人は、このわたし、相沢美綺だよっ!心も体も、なんかその他色んな事も全部っ!」
「お、相沢も言うようになったな」
「そりゃそうだいっ!自信あるから!」
「そうか、そりゃいいことだ。
 で、その上で別の男をご指名とは、何事かな?
 司と何かあったわけでもないだろう?」
「ま、いい意味での何事かは、たっくさんあったけどねっ!
 お父さんもお母さんも、すっごくいい人でね?」
「ほう、司の両親に、もう会ったのか。
 司と相沢が付き合う事になった時から思ってたが、司のヤツ、案外手が早いな」
「そうだよねー。わたしもびっくりだよ。
 暁奏が先か滝沢美綺が先かって感じになってきたねー」
「おいおい…何の話だ。それに司は婿養子になるイメージだな。
 それより、そろそろ本題に入ったらいかがかな?」
 ポン、と手を打つ音が電話越しに聞こえ
「暁ちんが変な事言うから忘れかけてたよ」
「そいつは失礼いたしました…で?」
 軽く咳払いをするのが聴こえた。そして
「実は、かなり極秘情報なんだけどね…」
 と、続け、一旦言葉を切った。
「ほう…面白そうじゃないか。続けてくれるか?」
「うーん…そうだねぇ…じゃ、わたしの要求を、呑んでもらえるなら」
 にひひっ、と、彼女らしい笑いがあとに続いた。何を言い出すのか…とは思ったが
「ま、聞けそうな事ならな」
 と、答えた。
「わたしの要求は、ずばり…
 かなっぺを幸せにしてやること!どう?守れそう?」
「…それなら、問題なしだ」
「オッケー。商談成立だねっ!」
 少々照れくさかった。しかし、まぁいいか…と、暁は思った。
 要求に応えられる…応えている自信はあった。それに、美綺の話も気にはなる。
「じゃ、情報とやらを聞こうじゃないか」
「んとね…明日からしばらくの間、みやびーが学院から出かけるらしいんだけど…」
「…ふむ?」
「その行き先がね、センセのトコだって言うんだよ!
 何かありそう、もしくは起こりそうだと思わない?」
「へぇ…ま、司のヤツは、無意識だったとは思うが、あの我侭理事長様を上手くコントロールしてたしな。ホームシックならぬ司シックになったか?
 もしかしたら、司LOVEで逢いに行って、掻っ攫う気なんじゃないか?」
「うーん…まさかとは思うケドね。それに、そうだとしても問題は全く無いし」
「随分と余裕だねぇ」
「ま、センセとわたしの間には、強ーい絆があるからねっ!簡単に掻っ攫われるような事は無いって信じてる!」
 電話の向こうの彼女は、溢れるような、弾ける様な笑顔をしているだろう。自分の愛する女の親友が、こんなにも幸せそうだ。だから暁は
「いい事だ」
 と、心からそう言った。
「で、暁ちんは、どうする?」
「どうするってのは…見物に来い、って事かな?」
「来いとは言わないよー。どう思うか、どうするかってだけ」
「ま、そういう事にしておこうか…明日、奏と一緒に司の実家に行けばいいんだな?」
 言葉のトーンにこそ、どうしようもないヤツだ…という含みはあったが、その表情は笑っていた。実際この時暁は『面白くなりそうだ』と思った。
 美綺も、何となくにせよ、それをわかっていたのかもしれない
「それでOKだよっ!
 じゃ、明日、待ってるからね!!」
 そう言って、電話を切ってしまうのだった。
「奏」
「あ、電話、終わったんだ。
 美綺、なんだったの?」
「んー…個人的なデートのお誘い」
「えーーーー!!
 ちょ、ちょっと、嘘だよね嘘だよね!?」
「もちろん、嘘だ」
 キラーン!と、歯が光る。歯並びと白色が美しい。
「………」
「………」
 しばし沈黙。
「おーい、奏?」
「……もう。
 びっくりして心臓止まるかと思った思ったよ…」
「ははは…すまないな」
「それで、本当は、なんだったの?」
 ふむ…と、思った。言うべきかそうでないか。しかし、奏が一緒で無いとなれば、美綺はうるさいだろう。それに奏にしても
一週間美綺と逢っていない。普通に考えれば大した期間では無いが、ずっと寮や学院で顔をつき合わせていた2人にとっては結構
長い一週間だったのでは無いか。それを示すように、この一週間で、奏は毎日美綺に電話をしているのだと言う。
「明日なんだがな…」
 暁は、奏に今の話をするのだった。



   4       


「ええ、本当に…皆さん、感謝しておられました。
 榛葉さんのおかげで、調査団の活動が無駄にならずにすみました。それに、まさか製本までして頂けるとは思っていませんでした。
 僭越ですが、団長であった姉に代わり、お礼申し上げます。」
 仁礼家。通称桜屋敷。その一室…仁礼栖香の自室。
 今、栖香は部屋に一人。携帯を手に、蘆部…『榛葉邑那』と話をしていた。
「いえいえ。お姉さん…美綺さんにも言っていたのですが、わたしも楽しかったですから。
 それに、実は、強硬手段に訴えた風祭に、一矢報いたいと言う思いもあったんですよ」
「あら…意外に過激なんですね」
「そうでしょうか?お姉さんに比べたら、全然だと思いますけど」
 言いつつ、クスクスと笑う声が聞こえた。
「もう…そういった意味でお姉様を出さないでください。
 それはそうと…お礼が遅くなってしまって、すいませんでした」
 奇しくも、卒院式から一週間が過ぎていた。
 2月の中頃に姿を消した榛葉邑那とは、それ以来一切の連絡がつかなくなっていた。やがて『凰華要塞資料集』が調査団の元に届いて以来
栖香は何とか邑那にお礼を言わねばと思っていた。そして偶々テレビで見た『蘆部邑那』を辿り、ようやく今日になって連絡がついたのだった。
栖香にとって、蘆部には未だに良い感情は無い。さらに風評では邑那は傀儡なのだとされていた。邑那はあれほどまでに憎んだあの女の傀儡だと。
しかし、今の栖香にとってはそこはさしたる問題ではなかった。彼女は『榛葉邑那』を、いつも温室で調査団の活動を暖かく見守ってくれた彼女、
調査団の仲間の邑那だから、お礼が言いたかったのだ。それは、いつか姉の言った『榛葉さんでいいと思うよ』と、同じ事だった。

 だからこそ、邑那の言った『蘆部では無く榛葉邑那として話する方が嬉しい』という言葉は胸に染みた。姉が聞いたら嬉々として跳ね回るかもしれない。

「まだ、さほど時間は経っていないというのに、あれから随分たってしまった気がしますわ」
「そうですね…実は私もそうなんです。
 仁礼の家に戻ったはいいけれども、何かが物足りないと言うか…」
「お姉さんや、滝沢先生は、お元気でらっしゃいますか?」
「だと思いますが…この一週間、一度も逢ってないし、連絡もつかないんです」
「あらあら…連絡がつかないんですか…?」
 この事自体は、実は非常に単純だった。栖香に染み付いた、ある意味度が過ぎるほどの規則正しい生活は、彼女が
姉である美綺に電話する時間まで、ほぼ一定であった。が、その時間帯、美綺は奏と話をしていたのである。
「こんなことなら、滝沢先生の連絡先も控えておけばよかったと思ってます」
「あら、ご存知無かったんですか」
「もしかしてお姉様は、わたしの事など、いらないのでしょうか…。
 それは、滝沢先生が御大事なのは、痛い程わかるのですが」
「まさか。そんなことはありえませんわ。
 あまり、滅多な事を言うものではありませんよ」
「…そう、ですね。変な話をして、申し訳ありません。
 では…」
「あっ!?仁礼さん!」
 プツッ
(私…何を言っているの…?)
 心に、言いようの無い感情が浮かびつつあるのを、栖香は感じていた。
(邑那さんに心配をかけてしまった…)
 自己嫌悪。気分は沈み、感情は暗く、黒くなって行く。
(私は…嫌な女だ…)
 寂しいのか、嫉妬なのか、それとも。
 色々な思いが頭を巡る。だが、どれも上手くまとまらない。
 電話しようかとも思った。だが、時間が遅すぎた。
 栖香の性格では、夜遅くに電話するような真似は出来なかった。
 メールも考えた。だが、どうにも駄目なのだ。ちゃんと届いたかどうか、届いても読んでもらえたか
いつも不安になってしまう。
 感情は巡り、頭はまとまらず、自分に嫌気がさした頃

「一度…逢いに行こう」

 と、つぶやいた。


...to be continued


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