てとてトライオン! SS
Nearly Really Lovely
作:亜無



遠くから聞こえる波の音。
カーテン越しに差し込む柔らかな光。
微かに漂う潮の香り。
この学園に入ってから何度迎えたか分からない朝は、今日も何一つ変わらずにやってきた。

ただし。
いつもとちょっとだけ違ったのは、それを迎えた場所。

「……あれ?」
ぼんやりと目が覚めて真っ先に視界に入った天井は、見慣れたもののはずなのにどこか違う。
不思議に思って、辺りを見渡してみると……やっぱり、違うものばかり。
脱ぎ散らかった衣服。
汚れ乱れたシーツ。
隣で眠る、全裸の彼。

と、いうことは?

「……ぁ」
声にならなかった悲鳴は喉元で止まり、それ以上の言葉を紡がずに終わる。
……同時に、これ以上ないってくらいにハッキリと目が覚めて。
この部屋、つまり彼の部屋でナニをどうしていたのか、ハッキリと思い出した。
「……あー、そっか」
後始末もしない内に眠ってしまって、そのまま朝までぐっすりだったらしい。
まあ、その、色々と激しかったし。

……なのに。
隣から聞こえる規則正しい寝息は、昨日の姿とは似ても似つかないほど穏やかだった。

疲れているのだろうか。
唐突に任命した生徒会長の雑務をこなし、その上で私のためにきっちりと時間を空けてくれて、あまつさえ相手をしてくれる彼は……大したものだと思うわけで。
「……」
どこか可愛らしい寝顔を見つめながら、ふと我に返る。
えっと。
男の子の寝顔を覗き込む、という、この状況は。
「〜〜〜〜っ!」
あまりに恥ずかしい、と結論付けた瞬間に身体が動いていた。
まず、音を立てずに素早くベッドから下りる。
次にシャワーを借りようと思って、ドアを開けて……



「おはよう、一乃」



……そのまま静かに閉じる。
何だろうね、この、見てはいけないものを見てしまったときのようなドキドキ感は。
『あら、どうして隠れるの?』
「っ!」
『疚しいことが無いのなら、そんな必要無いものね?』
「……」
ごめん、疚しいことが沢山あり過ぎてどうしたものやら。
それにこの状況で出て行くってどんな無茶な、
『それとも、これ以上私を怒らせたいのかしら』
「……」
すみません、観念することにしました。





「お……おはよう、芹菜」
「おはよう、一乃」
本日二度目の挨拶を口にする芹菜は、片目が前髪に隠れていて、もう片方の目は妖しい光を点していて……
「準備室でするな、とは言ったけど。まさか本当に自室でヤるとはね」
「あー……怒ってる?」
「そう見えるように努力はしているけど」

……怒ってない、わけが、ない、ですね。

「ていうか部屋! 何で芹菜がここにいるの!?」
「ああ、相馬くんに開けてもらったから」
「えぇ!?」
「昨日、相馬くんが当番でもないのに夜番をするって言ってたから……それとなく聞いてみたら案の定」
「余計なことを……」
「あら、どの口が言えたことかしら?」
「……」
それ以上何も言えず、私は押し黙る。
しばし流れる気まずい沈黙。
……それを破ったのは、芹菜の意外な言葉だった。
「鷲塚くんが起きるまでは待ちましょうか。その間にシャワーでも浴びてきたら?」
「……え?」
シャワー?
なんで?
「気付いてないの? それとも……」
溜め息をつきながら、芹菜は私の胸元を指差す。
「貴女、女相手に全裸で話をする性癖でもあったの?」





***





朦朧とした意識が感じ取ったのは、微かな温もりと微かな香り。
それと、
『ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
……ドア越しに聞こえた、ものっそい大きな一乃の悲鳴。
後々問題ならなければいいなー、とかぼんやりと考えてみたりする。
『まったく、鷲塚くんも大変ね』

……あれ?

「……どうしよう」
外に一乃以外の誰かがいることに気付き、一気に目が覚めた。
しかもこの声、間違いなくあの人だろう。
……一乃に声をかけるタイミングを失ったのはおろか、まさか芹菜さんが外にいるなんて。
『鷲塚くん?』
「!」
『何度もベッドの軋む音がしているし、とっくに起きているんでしょう?』
「……はい」
『なら、早く着替えて出てきなさいな』
「……了解です」
出るしか、ない、か。
一抹の不安を抱きながら、俺はゆっくりと起き上がった。
タオルで身体を拭いて、着替えを引っ張り出しながら……ふと、思う。
「……吊るされはしないだろうな」
いつか聞いた、お仕置きその1が実行されやしないか、と。



この後、芹菜さんによる俺たちへの説教は昼過ぎにまで及んだ。
それがどんな内容だったか、って?
ええ、言う気にならないほどアレでソレな内容でした。
……詳しく語る気にはなれないので省略します、まる。



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