PRINCESSWALTZ SS 【七央の覇者 外伝】第二話『Blow'in in the Wind』 作:上杉輝六 |
びゅううと、一陣の風が吹き抜ける。春先とは言え、まだ冷たい風が頬を撫で、長い金糸の髪、そして見にまとっていた純白のマントをざっとなびかせる。着慣れぬ学徒生の制服に身を包むその姿は、まだぎこちない様子もある。 …………しかし、よくドラマにある『御嬢様学校』の制服の参考にされているという制服姿は、元々気品や威厳を併せ持つ彼女に似合いはするものの、その腰に帯刀した大型の長剣が、御嬢様の雰囲気ぶち壊しな気もするが。 そんな風体を気に留めることもなく、彼女は歩く。視界を遮る木々の間、その遊歩道を一歩一歩、踏みしめていくその姿には、疲労感などの類は見る影もない。季節柄もあるだろうが、帯刀している剣もかなりの重量のはずだろうに、慣れているせいか汗一つかいていない。 そうしている間に、木々の間を抜け、視界が広がる。それまで木々の葉に遮られていた日差しが差し込み、眼を眩ませる…………その先にあったのは、特徴的な彫刻を持つ、古びた門だった。 大きな門に刻まれていたのは、悪魔を象った彫刻。女学院の門としては、似付かわしくない物騒な様子だ。中でも眼を引いたのは…………。 『Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate』 …………そう刻まれたプレートであった。 「む…………」 プレートを眼にして、思わす立ち尽くす。何事かと思ったが、ふと、予備知識にと読んでいた古書の一節が思い浮かぶ。 確か……こちらの世界の『ダンテ=アリギエーリ』という芸術家の作品『神曲』の中に登場する一文だったはずだ。そう思い出し、プレートを見詰め続けながら、思い出すよう考える。 地獄の門に刻まれた一文で、『汝等此処より入りたる者、一切の望みを捨てよ』…………そんな意味だったはずだ。 「…………なるほど。この門はさながら、地獄へ続く扉という訳か」 しかし、そんな不吉な門の前に立っても、彼女は臆するどころか、逆に不敵な笑みさえ浮かべて、腰の直剣の柄に手を掛ける。そのまま居合抜きを繰り出して、門ごとプレートを両断せんという勢いで、猛って吼える。 「虚空武神流が『理』を極めし『亢龍』、このギルガメス=セイクリッドに、地獄を見せられるならば、見せてみるがよい……!!」 ────世界の果てとも言える場所で。 別の世界のほぼ半数を手中に収めていた彼女は、真っ向から勝負を受けると言わんばかりに、その勇声を轟かせた。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ────事の始まりは、イゼリア統一暦五〇六六年一月十五日…………彼女がダンテの碑文の前に立つ、一ヶ月ほど前まで遡る。 異世界エルディラント────ソルディア宰相府。今や大陸の過半を制しつつある、破竹の快進撃を続けるソルディア軍。まさに日の出の勢い…………そんなソルディア新政権の頂点に立つ宰相、ギルガメス=セイクリッド。 今時大戦の中心的人物であり、究極の武術流派『虚空武神流』の全皆伝者『亢龍』の称号を有する武人。のみならず、今や超大国に急成長したソルディアの軍務、政務両方を司る、天才的戦略眼をも持つ国家元首でもある。 七央国への進駐を果たし、大地の国シホウ、鋼の国パルミードを制圧した彼女が、絶対王権制のエルディラントを変革するために打った次の策。それが、教育制度の抜本的改革であった。 「…………以上が、本計画の概要だ」 ソルディア宰相府の政務室…………百数十枚以上にも及ぶ、教育改革計画の要綱書類を手にしながら、ギルガメスは重い口調で口を開いた。それに従い、周囲の政務官らが、無言のままで俯いていた。 …………無理もない。これまでの絶対王権制から、完全に一新しようというのだ。貴族制やら何やらの特権階級のすべてを取り払って。今の今まで、誰も考えようとしなかった事を為そうとするのだから、これから先の困難苦難を想像してのことであろうか。 …………しかし、そうした沈痛とも言える沈黙の中で、ギルガメスは一人言葉を続ける。 「新体制構築のためにも、市民階級の意識改変は不可欠だ。そのためにも、抜本的な教育改革は急務であろう」 「確かに…………パルミード市民はともかくとして、我がソルディアや七央、シホウに関しましては、旧貴族階級、騎士階級を除き、市民階級の識字率は、全体の一割を割り込んでおりますからな」 一同が沈黙する中、筆頭政務官のヨーゼフ=アルバルト卿が口を開いた。彼はギルガメス親派とは言え、単なる追従屋とは違い、自分の意志で主張する。それがギルガメスにとっては、部下として好ましい所でもある。単なるイエスマンなど、彼女の望む人材ではないのだ。 「特に地方の集落では、地主の一族くらいしか読み書きができぬという話も、よく耳に致します。これでは市民階級の意識改革など…………」 「……そのための教育制度改革だ」 アルバルト卿の言葉に深く頷きながら、彼女は続ける。 「幸い、パルミードは過去七百年間に渡り、民主議会制を施行し続けた結果として、幼年学校よりの義務教育制度がある。そのため国民の識字率は100%に近い。手本にするにはこの上あるまい」 七央政権成立後、わずか三百年で王家の血脈が絶えたパルミードは、以降七百年間、民主議会制で国家運営を続けてきた。そのため、国民もその前準備として、幼少の頃から学校施設に通い、学業に勤しんでいる。それはまさに、ギルガメスが理想とする国家の姿でもあった。 「直ちに、教育制度改革委員会を発足し、パルミードの教育制度を調査せよ。それに基づき、全土に発布する義務教育制度を策定するのだ」 「はっ!」 号令一下、弾けるようにばたばたと、政務室を後にする政務官たち。かのアルバルト卿も、部下と思しき政務官数名に指示を下した後、忙しく政務室を去る。 一人になったギルガメスは、政務室の椅子に深く腰掛け、腕組みしながら考えに耽る。しかし、すぐに考えを切り替えたのか、デスクの端に積んであった書類を手に取り、一字一句眼を通し始める。別の政務へと勤しむ覇者…………。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ────しかし、この招集の一週間後。 教育制度改革は、思わぬ問題に直面することになる。 「…………データがない?」 「はい…………」 政務室で、怪訝そうな顔つきで問い返すギルガメスに、秘書官アテナ=セリカは、手許のファイルから幾つかの書類を取り出してめくりながら、沈んだ声で俯き加減に答えた。 「パルミードの教育制度を元に、幼年学校、並びに大学部校施設の調査は完了し、それらの準備は現在、滞りなく進行しています。ですが…………」 「幼年学校と大学部…………その中間にある中等・高等部のデータが、パルミードに存在しないというのか?」 「そのようです…………パルミードの一般家庭では、幼年学校卒業後は、家業や住居付近の工場に就職するのが主流であるらしく、そうして得た技術を更に研究、向上させる学業施設に、大学部が存在している場合がほとんどです。 パルミード議会も、技工職者のギルドの延長線上にありますから、議員や官僚を養成する大学院施設も…………」 そこまで聞いて、ギルガメスはすべてを理解した表情で嘆息した。 「鍛冶技工国家、パルミードならではの体制という訳か。それは盲点だったな…………」 確かにパルミードは、民主議会制を布いている。しかし、パルミードのそれは職人ギルドの延長線上といった感覚でしかない。言うなれば寄り合いのようなものだ。 それに、理力鍛冶職人が人口の大半を占めるパルミードにとって、幼少の頃からずっと職人の親の背を見続けてきた子供たちは、職人予備軍と言っても差し支えない。幼年学校で最低限の知識を得れば、そのまま職人の道に進む者が多いというのも、頷ける話だ。 ……だが、だからといって、まさか幼年学校卒業後に、いきなり大学部に放り込む訳にも行かない。やはり中間的な学業施設は必要だろう。あるいは、その中間過程か…………。 「幼年学校の延長として、大学部で科目を設定することはできんか? いや、それでは…………」 「…………あの、御館様」 それに代わる対策を、あれこれと検討するギルガメスであったが、そんな主君の姿を見て、アテナは遠慮がちに口を開く。そうやって飛び出た一つの提案に、ギルガメスは怪訝な表情を見せるのだった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ アテナが提案した解決策…………それは、パルミードに存在しなかった『高等部』に、実際に体験入学してみる、ということであった。誰か人を派遣するのかと、ギルガメスは問うたが、アテナの答えは意外にも、『ギルガメス自身が体験入学するべきである』というものだった。無論、彼女が難色を示したのは想像に難くない。 だが、教育改革を言い出したのはギルガメス本人でもあるし、重要な事柄は、自分の手で行うことを良しとする性分の彼女であるから、頭ごなしに否定することはできず。果ては、アテナのみならず、アルバルト卿までもが頑強に勧めてくるものだから、さすがの覇者も返しきれず…………。 ……結局、ギルガメスは今、異界の学校『凰華女学院分校』の制服を身に纏い、この門の前にある…………というわけだ。 ちなみに、留学転入先に、深森新、クリス=ノースフィールド、リリアーナ=ギュンスターらが在籍していた『白蓬学園』も、候補に挙がっていたが、さすがにエルディラントと関わりすぎた地でもあるし、他国に……特に『門』を管理するヴィスレイに機密漏洩する恐れもあったため、避けた。 しかしそれでも、それ以降、色々と問題はあった。 何せ彼女自身、二十歳を過ぎているのに、一学徒生として潜り込めというのだから無理がある。 次に、異世界を繋ぐ『門』を使用するというのも、問題がある。元々あれは、七央政権が『プリンセスワルツ』開催の際に使用するものであり、七央を否定するギルガメスがそれを使うということは、彼女の道義に反する。更にいうと、『門』の管理者は三神の一人。ヴィスレイを守護する『牙の王』…………ギルガメスに手を貸すとは思えない。 そして最大の問題は、彼女が『調査』している一ヶ月間あまり、ソルディアの最高権力者が国を空けるということだった。王の逮捕、制度改革からすでに半年以上が過ぎ、各省庁がようやく機能し始めたとは言え、まだまだ宰相府がサポートしなければならない部分も多い。 そればかりか、今も進撃中の各方面軍についても、大部分は方面軍総司令、ないし大都督の裁量は大きいが、侵攻作戦の進捗状況は逐一報告を受けねばならない。 更に、ソルディア、七央方面駐留の本国国防軍は、宰相である彼女の直轄軍である。この諸作戦、軍令その他も、彼女は一身に受け持っているのだ。この大変な時期、一ヶ月も宰相の地位が空白では、国家運営に支障を来す恐れもあるかも知れない。 ……しかし、そうした理由で彼女を、ろくな休憩も睡眠もなしにほぼ二十四時間、政軍両面で激務を超えて酷使しているのは事実である。アテナが提案し、ヨーゼフ卿が賛同したのも、おそらく彼女にとっての骨休めになるだろうと、考えたからであろう。それらの解決策も、彼らは色々と用意した。 まず、年齢や身分の件。留学予定の『凰華女学院分校』は、色々と『特殊な事情』を持つ生徒が多く在籍しているという。そのため、学院に多額の寄付を行うことで、その辺りは上手く誤魔化すことができた。無論、記憶消去という手段はあるが、それでは七央政権のワルツと変わらないとして、ギルガメス自身が猛反対したための措置だった。 次に『門』の問題は、七央王家……特に、神官長に扮していたセシリア王女が使用していた、簡易用『非常口』とも言える小型タイプの『門』が、七央城に隠匿されていたのを発見し、改修した。行きと帰りの二回限りであるが、牙の王にも気付かれないであろうほどの秘匿性は確保してあるそうだ。 そして最大の問題である、宰相位空白については、各省庁の連携がちゃんと機能するかどうか、また、連携時の問題点の洗い出しなどのために、そのテストにはよい機会だとして、各省庁を説得。しかし、まさか『女学生に化けて異世界の学校に留学してます』とは、さすがに正面切っては言えないため、『静養も兼ねて、一ヶ月各地を巡幸する』ということにした。 (……とは言え、異世界で学生の身分で過ごすことになるとはな) 確かに、紆余曲折あった末に、半ばアテナとアルバルト卿に流されたような形となってしまったが、最終的に留学を承諾したのは自分自身である。まったく話の流れとは、本人にも知らず流れて行く場合は、怏々としてあるようで…………。 「…………Excuse me?」 「む……?」 ダンテの碑文の刻まれた門の前で、そんな風に物思いに耽っていたその時、背後から声を掛けられる。流暢なキングスイングリッシュ。振り向いたその先には、思いもしなかった姿。 清潔感漂う給仕女服を身に纏った、金髪<ブロンド>の少女…………それは、元々王族、今や宰相として立つギルガメスにとっては、決して珍しいものでは無かった。宰相府で働く者の中にも、世話係というか雑用処理として、そうしたメイド姿の者も何人もいる。 ……しかし、ここは学業施設だというのに、世話係がいるというのは、不自然といえば不自然だ。そんな違和感が、人知れず心中に生じ始める。 「Are you Iris=Arclight?…………I am sorry to be late」 しかし、そうした思案に暮れている間にも、メイドの少女は流暢な英語で、ギルガメスに訊ねてくる。無論、留学に備えて、以前から準備を怠らなかった彼女だ。彼女の話す言葉の意味は、理解できたし、この世界における公用語である英語に関しても、一般会話できるレベルにまではなっている。 「You…………No」 「…………How were you considered to be it?」 だが、ギルガメスは一度答えようとして、途中で言葉を止める。それを不審に思ったのか、少女は怪訝な様子で訊ね返してくる。そんな彼女に、ギルガメスは凛とした態度で言い放った。 …………この国の言葉、『日本語』で。 「この国の言語は理解している…………それとも、このまま公用語の方が良いか?」 「……………………」 そう、ここは『日本』という国家であるのだ。深森新王子の身辺調査書類で、白蓬学園の生徒の写真を何人分か目にしたことはあるが、あの者らが『日本人』だというのであれば…………眼前にいる少女は、その範疇には到底当てはまらない顔立ちをしている。 おそらく、彼女がギルガメスに対して、公用語を使っていたのも、自分がそうした『日本人』ではないからであろうが…………しかし、そんな彼女が、この国にいる以上、この国の言語も習得していて然りと踏んだのだが…………。 「…………それは、大変失礼致しました」 ギルガメスが考えた通り、メイド服の少女は深々と一礼すると、この国の言語で改めて話し始めた。その口調は穏やかで、体を表すかのように丁寧この上ないものだった。 「イーリス=アークライト殿下でいらっしゃいますね?…………お迎えが遅れてしまい、申し訳御座いませんでした」 少女は、先程公用語で話していた言葉を言い直していく。そうした言い回しの一つ一つにも、品の良さが覗える。使用人としては、相当レベルが高いことが、言わずとして知れた。 「ようこそ、凰華女学院へ。理事長代理に代わりまして、歓迎致します」 「理事長…………代理だと?」 「はい。私は、当学院の理事長代理にお仕えしております、リーリア=イリーニチナ=メジューエワと申します」 「……………………」 自己紹介をして、恭しく一礼する少女。それに対して、ギルガメスの抱いていた違和感は、一段と強さを増す。 アルバルト卿よりの報告では、この『凰華女学院』とは私立校であるという。だから、『理事長』という立場の人間がいることも理解はできる。『代理』というのも、何らかの理由で理事長が不在であるからこその役職であろう。 ……しかし、その理事長代理がこんな給仕女を雇っている私立校など、ついぞ聞いたことがない。無論、ギルガメス自身は、こうした学校施設に通う経験自体皆無ではあるのだが。 「校舎まで御案内致します。どうぞ、こちらへ…………」 しかし、そうした彼女の心中にも気付く様子もなく、メイドの少女はそのまま彼女を、学院内へと誘う。今は使われていないという正門を迂回して、教職員用の通用門だという入口まで案内される。 事前調査により、この凰華女学院分校は全寮制だということが判明している。学院生寮はこの門の内側、学院の敷地内にあり、そこから直接校舎へ行き来するため、この門は使われる機会はないという。 ……だが、ギルガメスに眉をひそめさせたのは、その点ではなかった。 「……IDカード認証に、掌紋照合か。随分と物々しいセキュリティだな」 職員用の通用門と称する関門を抜けて行く際、メイドの少女は、幾重にも立ち塞がるプロテクトを、次々と解除していった。磁気ラインの入ったIDカードをカードリーダーに読み込ませ、続いて現れたセンサーユニットに左手の掌を合わせ、読み込ませる。更には、現れたカメラ型のセンサーに目を近付け、その網膜を読み込ませていく…………。 そうした動作を重ねていく内に、通用門はようやく開き、ギルガメスと少女、二人を高い塀に囲まれた敷地内に迎え入れた。 「はい。こちらでお預かりしているのは、この国でも有数の名士の子女ばかりで御座いますから」 「何…………?」 扉が開いたのを確認してから、こちらに振り向いて答える少女の言葉に、ギルガメスは再び疑念を募らせる。 (一般市民階級が通う、高等部における内部調査のはずだが…………随分と話が違うな) 当初、アルバルト卿に命じていたのは、一般階級の義務教育に関しての調査だった。すでに制度改革で、貴族等の特権階級廃止や、豪商らの財閥解体を推し進めているためなのだが…………。 そのため、この世界での一般階級。すなわち、深森新の通っていた白蓬学園のような、中産階級のごく普通の家庭の子女が通う学校施設に転入する…………アテナからは、そう説明を受けていた。 ところが、この凰華女学院は『名士の子女』の通う施設であると、この少女は言っている。名士というと、言うなれば財界の大富豪や、政界の大物といった連中だ。アテナの話とは、到底及びも付かない。 何かこちらの方で手違いがあったのか。それとも…………。 「…………どうかなさいましたか?」 「いや…………何でもない」 少女が怪訝な表情で訊ねてくるのを、ギルガメスは頭を振って答える。明らかに不審な様子のギルガメスに、彼女はしばらく考える様子でじっとこちらを見詰めていたが、やがて自分で納得したのか、再びにこやかに微笑み返すと、再び歩みを進め始める。 ……ちなみに、今の彼女はエルディラントの覇者、ソルディア宰相『ギルガメス=セイクリッド』ではなく、東欧にある小国の王家、第四王女『イーリス=アークライト』。本国での御家騒動と民族紛争を避けるために、この学院に留学したプリンセス…………という設定だ。 このあたりは、彼女自身もかなり難物な顔をしたが、あくまで『設定』ということで、渋々承諾したが。 だが、もしアテナやアルバルト卿が、最初から『凰華女学院』が、そうした名士の子女ばかりの学院だと知り、そうした設定を用意したのだとすれば…………。 そんな考えを張り巡らせていく内にも、歩みは止まることはない。青々とした立派な芝生の中庭を抜け、未だつぼみさえ付けていない、桜の木々を横目に通り越していく。 「これは…………大した敷地だな」 「はい。この半島全てが、学院の敷地となっております」 「半島全て…………か」 少女の言葉に頷きながら、ギルガメスは表情を変えず、しかし心中では半ば呆れながら、やはり心中で独りごちる。 (これは…………アテナやヨーゼフに嵌められたか) 今になってそう気付く。思えば今回の件、頑強に勧めるアテナやアルバルト卿の態度に、不自然さを感じていた。それはどうやら、『調査留学』にかこつけた『休暇』のつもりらしい。 まあ、これまでのギルガメスの行動を第三者の目から見ていれば、そんな画策も納得できるものではある。 『ソルディアの宰相』…………それは、一国の政治最高責任者というだけに留まらず、現在ではエルディラント各方面に対する軍事作戦の最高司令官という役目もある。更には、今回の教育改革のように、次々と七央政権千年の枠組みを造りかえるという、大任さえも担っているのだ。こなすべき仕事は山のようにある。それこそ、寝食の間さえも惜しむほどに。 事実、先のナガクテでの王子たちとの戦いの後、竜軍師エスハストゥスの勧めで、静養のためにシホウからソルディアに帰ってきた際も、静養する間もなく、ずっと公務に明け暮れていた。その後も、シホウ王都ヤマトでの、王子たちとの決戦…………それを経て、今もなお、激務の最中にいる。 開戦からすでに半年。ソルディアに仕官し、今の地位に上り詰めるまでもを加えると、二年から三年にも及ぶ。その間、休暇らしい休暇など、一時たりとも無かった記憶がある。いや、休むような暇など無かったというべきか。そして、これからもそれは変わらないだろう。 そんな彼女に対して、優秀な部下たちは危惧したのであろう。このままではいつか、自分たちの主君は倒れてしまう。故にこそ、多少強引にでも、休ませようとしたのだろう。 …………そんな二人の忠臣に、内心溜息を漏らしながらも、ギルガメスはメイドの少女の後に黙って続いた。 [つづく] |
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