てとてトライオンSS 「宗鉄とスイカ割りとシムシティ」 作:コンバットなるなゆ |
西に翳る夏の陽が、何処までも続く海を赤く染める夕方であった。昼は工事の喧騒に包まれていたこの獅子ヶ崎の地に、今はただ油蝉の鳴き声だけが響いている。この赤の世界に一人、立ち尽くして眺めていた男が呟いた。 「遊園地、か……」 男の視線の先にあるのは、ジェットコースター、メリーゴーラウンドに観覧車……いわゆる、遊園地の施設である。ここ獅子ヶ崎の地では、Palm InsTant Authentication System――通称『PITAシステム』と名づけられた新型の生体認証システムを利用したリゾート施設の建設が予定されているのだった。 そしてそのシステム構築を担う技術者の一人がこの男、鷲塚宗鉄である。よく言って豪快、悪く言うとずぼらな性を持つ男だが、技術者、そして研究者としての腕は確かで、PITAシステムの開発にはなくてはならない人材である。この男は今、その豪快な性にふさわしからぬ空虚な様子で、ぼんやりと佇んでいる。 「おい、宗鉄っ」 ふいに遠くから声がかかった。呼びかけられた鷲塚が振り向くと、遊園地の入り口から彼へ向かってくる姿がひとつ。 「どうしたんだ謙吾、こんなところまで」 「どうしたもこうしたも、いつまで経っても会議に顔を出さないからこうして探しに来たんだろうが」 「会議……? おお、そういえば今日の5時からの予定だったか」 「まったく……今まで俺がどれだけお前を探し回ったと思ってるんだ?」 謙吾と呼ばれた男の表情は言葉とは裏腹に明るい。この男――十倉謙吾もまた鷲塚同様、システム開発者としてこのリゾート施設の開発に携わっている技術者だ。二人は学生以来の友人同士で、ともに技術者らしからぬ豪放磊落の性を備えるせいか兄弟同然に仲がいい。 「しかし宗鉄、最近のお前は少しおかしいぞ……いや、おかしいのは昔からだが、それ以上におかしい」 「いや、な……」 十倉の軽口を無視して、鷲塚は再び建設中の遊園地を振り向く。 「俺達がPITAを使って作り上げるべきものは、本当に”リゾート施設”でいいのだろうか?」 「……」 鷲塚の言葉を聞いた十倉の表情がこわばる。 「ここへ来るであろう人達はその意思や動機に関わらず、所詮は最新鋭のリゾート施設に”遊ばされている”に過ぎない。”遊んでいる”わけじゃあないのだ」 「……」 「最新鋭の技術によって与えられた最高の環境の中、人々は与えられた楽しみを享受し続ける。それが本当に”声”との約束を果たすことに繋がるのだろうか?」 そこで十倉も口を開く。 「ここまで工事が進んでから言うのも何だが、俺達は少し焦り過ぎていたのかもしれんな。大規模な事をする機会はそうあるものではないから、この件に飛びついてしまったが、今にして思うともう少し計画を吟味するべきだったのかも知れん」 「そうだな……」 そこでふと鷲塚は足を止めて十倉へ向かって尋ねた。 「そういえば会議はどうなった?」 「建造スケジュールは予定通り、発電施設も想定通りのエネルギー生産に成功。形の上では、この工事は順調に進んでいるさ」 獅子ヶ崎の海岸を黙々と歩んでいきながら、鷲塚は追憶に沈む。 そもそも彼がこの地でPITAシステムについて研究していたのは、リゾート施設建設の為ではない。彼は、この地に眠る”声”の研究を推し進めていたのだ。 古来より獅子ヶ崎では、その土地に神が宿るという信仰が伝えられてきた。獅子ヶ崎の地に雷雨が訪れた時に神は目覚め、その神の声を巫女が伝える。そのような風習が代々行われてきたのだ。 鷲塚、そして十倉の恩師である人物もまた巫女であった。途方もない話だが、それが事実であることを裏付ける数々の証拠もあり、そしてそれ以上に、大恩ある師たっての願いもあり、二人は神――彼らはそれを”獅子ヶ崎の声”と名づけた――の研究に着手した。 そしてその結果、二人は”声”の正体が、獅子ヶ崎地下の鉱脈によって形成された天然の電子回路であり、それがさながら生物の脳のような役割を持つことを突き止めた。我々人間を含むあらゆる生物も、見方によっては蛋白質で構成された電気回路と言えるため、それは有り得ない話ではないだろう。 そしてさらに、二人は”声”と対話をするための研究を進めた。”声”が発する生体波動――PITA波動を感知し、人もまた同類のPITA波動を有することを発見し、それらPITA波動を仲立ちとして、”声”との対話を可能にする設備を作り上げたのだ。 そこまでは良かったのだが、問題はその先である。それまでの準備は全て、”約束”を果たすための前段取りに過ぎない。鷲塚達の師が”声”と交わしたその約束――『”声”と心ゆくまで遊ぶこと』――簡単なようで難解なその課題が鷲塚の両肩に重くのしかかっていた。 鷲塚と十倉が語り合った夕方から数日後の午前、鷲塚は工事現場を離れた獅子ヶ崎の浜辺をふらふらと歩きながら、まだ悩み続けていた。 もともと鷲塚が”約束”を果たすために考えていた方策は次の通りである。 ”声”と遊ぶためのお膳立てとしてこの地にレジャー施設を建造し、そこにPITAシステムを導入する。そしてPITAシステムを介して入園者と”声”をリンクさせ、入園者の体験をさながら”声”自身の体験であるかのように知覚させる(当然、トイレ等プライバシーに関わるエリアはPITA波動をカットする)。そうすることで、擬似的に”声”に肉体を与え、人間の中で遊ばせるという寸法である。 獅子ヶ崎の地にリゾート施設誘致の企画が持ち上がっており、そのスポンサーが鷲塚達の師であったことから、鷲塚と十倉はそのようなアイデアを立てて、リゾート施設建設に携わるようになったのだが…… 実際に設備の建造が進んでいる今になって、鷲塚はそのアイデアに深い疑問を抱くようになった。与えられた環境の中で、規定の設備に乗っかって”楽しむ”事……それは果たして”遊ぶ”ということだと言えるのか? ”遊ぶ”とは一体どういう事なのか……そのような哲学的命題を脳裏に宿しながら、他の仕事もあるだろうに、その他全てを忘れたかのように考え続ける。 そもそも”声”が求めているのは、人との強い結びつきなのだろう。となると、より直接的な人との接触が必要になる筈である。”声”と人とを”遊び”のルールで繋ぐ事……それこそが師の、そして今自分達が為すべきことではないのか。 ふと、鷲塚は子供達の騒ぐ声を聞き、波打ち際に目を向ける。そこでは子供達がスイカ割りをして遊んでいた。姉妹なのかそれとも友達同士なのか、一人の少女が目隠しをして棒を持ち、彼女に他の二人の少女達が指示を出している。 「もら、もっと右だよ」 「……違う、行き過ぎ。あと、もう少し前に出て」 「うー、もうどこだか全然わかんないよ――!」 そんな会話を繰り返しながらも徐々にスイカに近づいていく少女。そして最後はスイカを真正面に見据え、棒を一気呵成に振り下ろす。飛び散る果汁とともにスイカは快音を立て、その赤い果肉を白日の下へ晒すこととなった。彼女達が大喜びでスイカに集まり、分け合って食べる様子を横目で見ながら鷲塚はその場を後にした。 少女達のはしゃぎ声が聞こえなくなってからも、鷲塚は先ほどのスイカ割りの様子を反芻し、”遊び”への考えを巡らせていた。 [つづく] |
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